【奇説】親切犯罪

現在、犯罪を起こすと、国を管理する「国家」の権限で、重犯罪、軽犯罪等に分類されて、司法機関で法律によって罰せられます。
写真素材:写真素材ポラリス
犯罪と親切を同列に
これ、逆の発想は出来ないものでしょうか?
軽親切、重親切なども、立法で裁いてしまおうと。
たとえば、おばあちゃんの荷物を階段等で持ってあげると「軽親切」として「通報」されます。
警察は検分し、その親切心の証拠等を収集し、あるいは裁判の材料にすることもあります。
マスコミが押しかけ、どうしてそんな親切を犯してしまったのか? 原因をそれぞれが思いのまま予測していきます。
裁判所で審査され、時には裁判が開かれます。双方弁護士が立ち、被害者(おばあちゃん)と加害者(親切を犯してしまった人)が戦います。
おばあちゃんが勝訴すると、加害者に刑が課せられます。罰金−50万円とか。時には「強制有給」といって、嫌でも休暇を取らされるとか。行政が企業とその犯罪者にそのための罰金−100万円を徴収するとか。
功罪
どこからその「財源」を確保するのか、どうやってその法を整備するのか、警察現場にこれ以上の負担をかけられるのか。問題は山積ですが、利があることはお分かりだと思います。
「親切犯罪」を、皆が犯し始め、社会がどのように変化していくのか。
楽しみですね。
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「情けは人の為ならず」という言葉があります。
最近では逆の意味で捉えてしまっている人も多いらしいのですが、私は本来の意味でのこの言葉が嫌いです。
この言葉は「他人に親切にしてれば、いつかは自分に良い事があるから親切にしなさい」という意味ですが、これってつまり「見返りを期待して親切にしよう」と言っているようなものですよね。
親切っていうのは見返りを期待せずに相手のためを思って行うものだと思うので、どうもこの言葉が好きになれません。
例え何の見返りも期待できなくても、助けられるならば助けるというのが本来の姿でしょう。
いつだったか、ボランティアを評価基準にしようというような動きがあった際、それでは本来の意味のボランティア精神が失われると反論がありました。
サキさんの提案する制度を導入すると「利益目的の親切の押し売り」や「これだけ親切にしてやっているのにそれに報いないとは何事だ」と逆切れする人も出てきそうです。
宗教家ならば「死後に神の御前で善行と悪行を天秤にかけられ、人生におけるプラスマイナスで天国行きか地獄行きかが決まります」と言うのでしょうが、無神論者には通じませんし…
以前こういうテーマの映画があったそうです。
「誰かに一回親切にされたら、別の人たちに二回親切にしよう。そうすれば世界は親切で満たされるはずだ」というような考えを持った少年の話らしいのですが(未見です)
というわけで提案。
誰かに親切にされたら、他の誰に対してでもいいので倍以上親切にする事を「義務化」…は無理っぽいのでそういうブームを社会に起こす。
社会全体にネズミ講よりも速いペースで親切が溢れかえると思いますよ。
親切のインフレが起きそうですが…
でも、例えばテレビの企画などで「誰が一番親切かグランプリ」と銘打って、一般視聴者から「こんな親切を受けた事がある」という内容を募集し、相手が誰か分からない場合はその相手を草の根分けても探し出して勝手に表彰する、何て番組があったら面白いかもしれませんね。
私も実は、浮泡法師さんとは少し別の角度で、
親切、情けとは「相手の成長を妨害」する行為ではないか
と思うことがあります。
特に若い人に対しては、手助けすることは、逆に成長や考える機会を奪いかねないとも思います。困難を乗り越える方法は、結局自分で編み出すしか、本当の意味で乗り越える方法はありません。
でも、私、人間はやっぱり利己主義の生き物だと思ってる部分が多々有ります…
あんまり「侍」っぽくないですが(私、侍と言う一種異様なまでの潔さのイメージが大好きなんですが)やはり結局「利」を説くのが一番分かりやすいんだと思います。
親切をしていると、本当に返って来ます。なんとなくですが、50%位は。これまたねずみ講ではありませんが、彼らのキメ台詞「皆でしあわせになろう」が、本当に実現してしまいます(苦笑)
しかし、確かに押し売りをする方は出てきますよね、必ず。親切株式会社なんてのも発生しそうでちょっと気持ち悪い(笑)
「倍返しの少年」、面白いですね。
確かにインフレになります(笑)
ブームは確かに良いですね。
見たこと無いのですが、「24時間テレビ」って、どうなんでしょう? なんだか異様に評判が悪いようですが…テレビ局が自ら「親切株式会社」としてビジネスで親切をやってるのかな…?
確かテーマは「助け合い」だかなんだかだと思ってたのですが…
泡雲法師さんの企画は面白そうですね、「お涙頂戴」で視聴率を稼ぐのではなく、企画自体の「行き過ぎた面白さ」というコメディ風の画面が浮かんできます。
突然テレビが押しかけてきて、
「あなた、おばあちゃんに親切にしましたね」
「賞金です」
…なんて…ビックリして辟易している方が目に浮かぶようです(笑)
泡雲法師さんのご意見、よくわかります。わかりますが、なぜでしょう、私はこの言葉、そんなに嫌いでもないのですが。
「見返りを期待して他人に親切にする」と言えばその通りなのですが、この案件であまり潔癖になっていると他人に親切にすることなんてできなくなりませんか?
「俺は今、あいつに親切にした。見返りはいっさい期待しておらん。・・・・あれ? 俺はもしかして、自分は親切な人間だと言う自己満足にひたっているかな? これって、もしかして心の中のひそかな見返り? しまった!」
そんな自問自答が始まってしまう気がするので、ここはもっと大らかでもいいかと。
人に親切にすると何かソンをすると思い込んでいるような感じの人もいますから、それよりはいいのではないかと思います。
それはそれとして、誰かに親切にした人を「草の根分けても探し出す」テレビ企画というのは、想像すると妙におかしいですね(笑)。これは、やってほしい。テレビも酔狂だから、マジで実現性があるような気もします。
サキさんのエントリの「軽親切、罰金50万円」というのも、こちらは実現性はわかりませんが、ノリは同じような感じですね。罰金50万円というのは、あげちゃうわけですね?
こういう発想、情景を思い浮かべるとヤケに浮き浮きしてくるのは、なぜでしょう?
受けとる方も、目一杯、嫌がってほしい(笑)。
「べらぼうめえ、俺ちはなあ、銭金がほしくて人助けしたんじゃねえんだ! こちとら、江戸っ子よ。江戸ったってな、東京だァ? 国際都市だァ? そんなフワフワした金の亡者共の住みつく町じゃァねえ、チャキチャキの神田の生まれよ。永田町だ、霞ヶ関だ、そんなところに住み着いてやがる、おぎゃあと生まれてこのかた一日いっぺんは悪事をしねえと心持ちが悪いてえ手合いとは、わけが違うんでえ。そんな金、とっとと持って帰えりな。ババア、塩まいとけ。なんだ、それは? 砂糖を持ってきてどうするんだ?! 今、塩をきらしています? うちも家計が苦しいんだから、貰えるものは貰っておけばいい? ふざけんな、このくそババア!!」
そんなことを言って、追い返してしまいます。
すると、強制執行ということになりますね。どこへ逃げようと、「草の根分けても」探し出します。
「その方、こそこそと人目をしのんで軽親切の善行をはたらいた上、あまつさえ罰金を受け取るのをこばんで逃亡するとは、まことに不届きである。この50万円は、国民の血税であるぞ。ありがたく頂け。それから、これは追徴金の10万円だ」
すみません、よくわからなくなってきました(笑)。
以前真剣に「善行とは何か?」と自問自答をした事があり、結果訳の分からないところに行き着いてしまった経験があります。
あまくささんがおっしゃるように気楽に考える方が精神衛生上もいいでしょうし。
そもそも本当に親切な人は「親切にした後、その事自体を忘れてしまう」ような気がします。
いちいち「今日親切にした」なんて意識していないはずですから。
「情けは人の為ならず」を大きな視点で「巡り巡って良い事がある」と捉えるのではなく、もっとミクロな視点で「他人に親切にすると親切にした自分自身が自己満足できて嬉しい」という単純なレベルで考えた方がいいのかもしれませんね。
今日一日優しい気持ちでハッピーに過ごせる、それで十分なのでしょうね。
それはそうと、テレビの企画、本当に面白そうな感じに見えてきました。
24時間テレビでやらないかなぁ…
「指名手配、○月○日に○○駅でおばあちゃんに親切にした人を探しています。有力な情報を提供してくれた方には賞金として…」みたいな感じで24時間以内に探し出すとか。
探される方は迷惑だろうなぁ。
シャイな人でずっと隠れていたりして、最後の最後に見つかったりなんかしたら「お前、何で逃げるんだよ!」と余計な手間を取らされた事に怒って、大衆に袋叩きにされるかも…
番組としては面白そうだけど、当人にとっては大迷惑かもしれない。
翌日ちょっとしたヒーローになってしまうでしょうし。
シャイな人には恩を仇で返すような形になってしまうかも(笑)
確かに「ハイフン」っぽい(汗)
しかし、本当に面白そうですね、このテレビ企画。
この、「親切をしたのに、罰ゲームを受けなければならない」というこの笑える理不尽感がミソかも知れませんね(笑)
もし、テレビ企画的に、クレームが来そうでちょっと良く無いと言うことであれば、そこで「オチ」をつけて笑わせたあと、サプライズをつけると言うのはどうでしょう?
うれしいんだけど、少し迷惑なサプライズ。
親切者が何が好きかと言うことをリサーチしておいて、例えばスイカが好きであれば、○○の超超最高級ブランドスイカの「苗」と「鉢植え」をプレゼントするとか。
「夏に実ります」
とかいって。
善行とか、親切について。
そうですよね。やっぱり親切の醍醐味は自分とそのスグ周りが楽しい方向に向かうと言うことだと思います。
でも、たまに、「なに良い子ぶってんだ」と不快だという眼差しもあります。
仕事の話ですけど、内心どう思われてても、結局「スムーズに事が運ぶのなら、それで良い」と思っています。(親切というより、フォローの話かもしれません)
もちろん、潤滑な人間関係を保つためという腹黒さも持ち合わせています。
分かりあう為には、喧嘩も必要なんでしょうが…(もう若くはないので(涙)
善行は、本当に難しいですよね…自分と相手が絡むため、一般的な「善行」が相手にとっての本当の得なのかは分かりません。自分の利益に繋がるだけの行為かも知れません。
善行というのは、もしかしたら、単純に「相手への愛情表現」という行動のことなのかも知れませんね。
もしかしたら、今回のエントリは、親切を広めるではなく、愛情を広げるというテーマにした方が良かったのかも…?
私やあまくささんがコメント欄に書き込んだ結果、話の内容がそれて行ってしまっているだけだと思いますから。
それにしても、こうやって自分以外の人がアレコレと書き込んで行くうちに色々な視点が出てきて、当初の思惑とは違った内容が増えていく、という現象がブログの面白い所なのだなぁ、と改めて感じました。
多くの人が関わる事で化学変化が起きて全く別のモノに変わっていく、これがブログの醍醐味なのでしょうね。
ところでテレビの企画、放送作家さんが書いているブログを探してトラックバックでも送ってみたいですよね。
意外と実現したりして(笑)
トラックバック、送ってみようかなぁ(笑)
なんか、今の放送業界に疑問を持っている異端児とかそう言う人がいたらいいなぁ。