最近エントリーを書いていて常々思うことを纏めてみます。

「人は、実際に体験して成長していくもの」

 そう思います。実際体験していない事項を述べても、やはりどうしても薄い。それに比べ、実際直面した事項と類似の事項を言う時、人はすごい説得力を帯びます。
 一番分かりやすいと思われる事項を述べてみます。
 いじめです。これは、実際に受けた人でないと、論ずることさえ腰が引けてしまう。

「おまえに、おれの気持ちが分かると言うのか」

 恐らく分からないでしょう。これを言われると、ぐうの音も出ません。タダでさえ相手の気持ちを推し量ることには、かなり高度な技術や経験を必要とするのです。


 つまり、何が言いたいのかと言うと、「思想」や「希望」の主張はある条件を満たすと、無駄なのでは無いかと言うことです。

 こうしたほうが良いと思う。
 これはこうではないか?
 こういう風にすべきだ。

 こういう主張をすることです。
 子供の頃は、良く言われました。意味も分からず、親の「こうすれば良いんだよ」というのを守って来ましたよね。もちろん、良い事も、為になる事もありました。しかし、無意味なこと、今考えると「?」なこともありました。
 大人になった今は、経験をもとに行動します。もちろん「考えて」行動しますが、それも経験に基づいてする、ごく限られたものです。

 普通の主張であれば、軽い賛同や、軽い反対意見も出ます。
 しかし、その主張が強ければ強いほど、人は拒否反応を示し、時には、自分の中の経験から導き出せる答えを、その主張に当てはめてしまいます。
「これは、あの有名な○○だ」

 つまり、実際に体験したことから、モノを考えるのが人間だとすれば、その説明がつきます。

 つまり、強烈な思想を実際にひけらかせば
「押し付けるなよ」
「キモチ悪」
と、思われるのがオチなのでしょう。そして
「コイツは、ああいう種類の人間だね」

 私は、人に「考えようよ」と言っているつもりが、逆に考えることを辞めさせる行為に出ていたのかも知れません。


 さて、こう言うことは私はあまり書かないので、これ系のエントリはいつもながら締めるのに苦労します。
 どうしましょ?
 非常に徒労感があるので、締めるのさえ億劫なのですが…


 まあ、私は自分が面白ければそれで良いかなとも思います。
 冴子さんに沢山登場してもらえるモノを書いていきますか?
 冴子さん、意外とタイヘンなんですよ。出来るだけ簡易にして、自分が続けられるようにはしていますが…
 いや、冴子さんに失礼ですか?(笑)
 とりあえずは、今回学んだことを生かしていくしか無いかな?
Add to Google
Yahoo!ブックマークに登録
2008.07.14 Mon l 電脳 l COM (13) TB (0) l top ▲

コメント

今回冴子さん登場してませんね(笑)

たしかに、主張するってエネルギーいりますよね。
しかも、主張するには相手を動かそうという気持ちがあるので、相手が受容できるように

メッセージを薄める

必要も出てくると思います。

とくに、政治系とか社会問題系の主張の場合は、

理論だけじゃなくて、

イデオロギーとか感情

なんかがないと、立ち位置がぐらつきます。

個人的に私は自由主義者になりたい保守主義者w
なんで、どっちかというと、ポジション的に主張しにくいんですね。
自由主義って「そういう考え方もあるよね」
っていう他者の思想に寛容な主義なんで、
現在のように「お前間違ってるやないか!」
とか「これが絶対正しい!」
なんていう思想が強い時代では、なかなか・・・
むろんそれらの思想も否定しないのが、
自由主義です。(要はなんでもあり?)
ただ、自分のブログなんて見てると、
まだまだ自由主義者にはなれそうもないです。
2008.07.15 Tue l 半山. URL l 編集
 日本人って、つい「俺の気持ちが分かるのか」とつい言っちゃいますよね。
 僕はこれってどうかと思います。いや、気持ちは大切ですよ。大切だけれど、話し合いをする場合はまず事実関係でしょう。リアルに起こったことが一番大切なはずです。気持ちを持ち出したら、その時点で冷静な話し合いは終わってしまいますからね。……なんか冷たいことを言っているようですが、飲み屋のグチと冷静な話し合いは別物ですからね。わけて考えないといけません。
 グチを言う。結構。
 話し合いをする。結構。
 でもふたつをまぜちゃいけません。


 主張は大切なことだと思います。きちんとした主張は、みんなが考えるきっかけをあたえますからね。でも主張とイデオロギーの押しつけは違いますよね。そこも別物。

 先のコメントで書いた文章と人も別物ですし、さらに言えば、意見と人も別物のはずです。なのに、「こういう主張をするアイツはきっと○○主義者だぜ」とくっつけて考えちゃうひと、タマに見かけますよね。
 そうやって決めちゃえば本人は楽なのだろうけれど、そのかわり、話し合いはそこで終わっちゃいますよね。あとは話し合いじゃなくて、その人の感情の吐露だけになってしまう。そしてまわりは冷めちゃうんですよ。だってそういうひとに反論でもしようものなら「人格を否定された」と思われちゃいますもん。


 そんなわけで。
「主張」ってむずかしいですね。
 いま自分が言ってることは、はたして自分の「主張」なのか、それとも「押しつけ」なのか、ってのを見極めるのはとても難しいことです。プロの書き手さんでも失敗するひとは多いです。


 で結局。
 このエントリーは、「疲れたからこの種の発言は控える」ってことを言っておられるのでしょうか? それともなにか意図がおありなのかな。
2008.07.15 Tue l ろぷ. URL l 編集
半山さんへ
 自由主義ですか? 相対主義的なものですかね?
 相対主義だと、「対比」になってしまうかな?意味的に。自由主義。なんかいいですね。無主義が一番いいかな?

 私は、生物としての人間と、社会的な人間、いつもせめぎ合っています。視点をつい遠く取りすぎるので、話が現実味をおわなくなってしまうんですよ。
 最近は、2つ立ち位置を持ちましたよ。めんどくさいんで(笑)

 ちなみに、半山さんはあんまり「保守」には見えませんが…「保守」と言うと、自民的な「利権保守」のイメージがついてしまってて…
 改革せずに、良い状態に持っていきたいということかな?
2008.07.15 Tue l サキ. URL l 編集
ろぷさんへ
 相変わらずご自分の意思を書かれないので…コメントに窮しますが…
 一般的な世間話?
 編集者としての「主張」の意味や「文章」の造り?
 それとも、ろぷさんの「主張」と「イデオロギー」論ですか?


 また勝手に一般論として返答しますね。
 主張、難しいですよね。議論する素地さえなくなってしまう。

 一個聞きたいのですが、主張とイデオロギーってどんな違いがあるんでしょう?
 私はイデオロギー(というか、難しい横文字はアンチテーゼ位しか使わない…)という語彙が無いので、一応辞書は引くんですが、あまり使ってません。イマイチ違いが掴めなかったもので…


 あと、意図ですか?もちろんありますよ。私のブログは、たまにそうなのですが、分かったこと、閃いたことは直ぐに記事にします。共有したいんです。知識を。
 生かすと言うのは目標設定ですかな? 控えるというのはちょっとニュアンスが違うかもしれません。

 もちろんこのエントリがどう受け止めらても構いませんよ。

 どう受けとめましたか?
2008.07.15 Tue l サキ. URL l 編集
 先のコメントでは例をあげてやわらかく「これでしょうか」「あれでしょうか」と聞いたつもりでしたが……

>相変わらずご自分の意志を書かれない

 か、「書かれない」ですか。読めないんじゃなくて。しかも「相変わらず」かぁ……
 ……まあいいです。前の、というか、いままでのコメントは忘れてください。
 以後はできるだけストレート&短くに書くように気をつけます。
(よってことばがきつかったらご容赦を。悪意はありませんので)


 お返事対するお返事ですが、

>もちろんこのエントリがどう受け止めらても構いませんよ。
>どう受けとめましたか?

 どう受け止めるもなにも、エントリーの主旨が伝わりませんでした。あえていうなら「どうとでも取れる半分逃げのエントリー」(ああ、ホントにきついことば。ごめんなさい)
 で、エントリータイトルにからめて書くなら、「主張系ブログの書き方」としてはいちばんやってはいけないタイプの書き方じゃないでしょうかね。

 だから僕は先のコメントで「エントリーの主旨を教えて?」と書いたつもりなのですけれどもね。どうもこちらも伝わらなかったようで行き違いになっちゃいましたね。

 もちろん主旨を教えないという書き方もひとつの方法です。けれど「主張系ブログの書き方」に限っていうと、それはどうかと思います。


 あ、あと、なにか誤解されているようなので付け加えておきますが、僕はけっして編集者の気持ちなんかではありませんから。そもそもそんな義理はありませんし。だるいし。ただ一読者として「伝わりません。読み取れません」と言っているだけです。


  追伸:
 主張とイデオロギーは違います。
 イデオロギーがむずかしければ、「思想」と訳してもいいかもしれません。いろいろややこしい部類の思想です。
 それを主張するのは自由。でも押しつけは良くないよね。と言いたかっただけなのです。イデオロギーうんぬんに関しては世間話として書きました。あいだに世間話をはさむことでコメントを軽くしようと思っていただけなので他意はないのです。
2008.07.16 Wed l ろぷ. URL l 編集
 これは、恐れ入りました。まだまだ、文章もつめて、構成して、お金がもらえるくらいがんばりますね。

 押し付けるのはよくないよね。というのは、同意して下さったとうけとめてよろしいですか?それとも、今回の私の記事は、押し付けがましかったでしょうか?

 もし、今回の趣旨が伝わらなかったのであれば、申し上げますね。

>> つまり、強烈な思想を実際にひけらかせば
「押し付けるなよ」
「キモチ悪」
と、思われるのがオチなのでしょう。そして
「コイツは、ああいう種類の人間だね」
 私は、人に「考えようよ」と言っているつもりが、逆に考えることを辞めさせる行為に出ていたのかも知れません。

 つまり、強硬に「戦争よりほかに方法あるだろ!」なんて言わずに、「なんとかできるかな?」くらいにしないと、相手が「考える」前に反発するって言いたかったんです。



 イデオロギーの件、分かりました。ろぷさんは「思想」に近いのがイデオロギー、単なる主張にはイデオロギーは含まないと言うことですね。とくに、同一の文章でそれが混在する場合は、分けて考えられるのですね。


 最後になりますが、わたしが、ろぷさんの意思が伝わらないと言うのは、ろぷさんは「間違っていますよ」とは言われますが、「どうして」間違っているのか、どうして間違っていると「思われるのか」がいつも無いので、「そうですか?」とか「失礼いたしました」しか、返答しようが無いのです。
「世間的」「常識的」に間違っている(あるいは、ずれている)とおっしゃりたいのでしょうか?
 それは承知しておりますよ。「常識を疑う」というのを、このブログのテーマとしていますから。

 正直に申し上げますが、私はろぷさんがキツイとは思いません。しかし、人を見下されていますね?
 誤解とおっしゃるでしょうが、ろぷさんのいつもの「文章」から、そのように私は受け止めておりますよ。
 そのように受け取れてしまうので、コメントに窮する部分も正直ございます。
2008.07.16 Wed l サキ. URL l 編集
 あまくさです。
 このエントリ、参加しようかどうか、かなり迷ったんですが。
 ままよ。迷った時はやってみようの精神で。

 サキさんと、ろぷさんのことです。このところ、少し変調ですね。

 「モンスターペアレンツを逆手に取る方法」あたりから、ろぷさんの文章の雰囲気が微妙に変わってきました。サキさんのブログに馴染んできたのかなとも思うのですが、言い回しが少し「ため口」っぽくなりました。
 それは別にいいのですが、「ため口」のせいで、それまではあまり気にならなかった小さな欠点が目立つようになりました。
 サキさんの言われる、「ご自分の意思を書かれない」というところです。

 これ、ろぷさんは不本意に思われるの、よくわかります。

 私の考えは、サキさんとも少し違います。

 私は、ろぷさんが、ご自分の考えをまったく書かれていないとは思いません。

 そうではなくて、ろぷさんは、ご自分の考えを表明することに少し弱気になっていらっしゃると感じます。

 例えば、「戦争は政治の一手段ですよ」というようなことを書かれた後に、必ずと言っていいほど、「最低の手段ですがね」というふうに付け加えますね。

 政治の目的は? という問いかけに対し、「そりゃあもちろん国益でしょう」以下、数行。そして、「僕は反対ですけどね」。

 ここで、聞いている(読んでいる)方は、ズッコケるんですよ(笑)。
 ご自分でさっさと否定してしまわれるんだったら、何を読まされていたの? と思ってしまうわけです。

 ただ、「第一次レポート」の時は、それがそう悪い感じはしませんでした。

 実は、これに続くろぷさんの文章がちょっと素晴らしかったんです。

「僕の考えは、民衆がお互いを守るための組合のようなものが政治や国家なのであって、逆ではない。絶対的に偉い国家さまが登場して民衆を効率的に助けてやる、なんていうトチ狂ったセンスの国家なんていっそ滅びればいいんだよ。……と、いささか過激な意見を持っていたりします(笑)。」
「なんていうか、本来ならば、民衆さえ無事であるなら国家なんていくらでも滅びて結構なハズなんですよ。民衆を核にしてまた新しい国家を作ればいいんだから。でもいつのまにか本末が転倒して民衆を犠牲にしてまで国家の存続をはかるようになったんですよね。で、政治的に戦争という手段を行使するようになった」

 ろぷさんは過激と言われますが、これは私もまったくそう思うんですよ。たぶん、サキさんもこれは同じ考えだと思います。
 まあ、私とサキさんは、かなり飛躍した理想論をしれっと語ることのできる「ホラ男爵」なんですけどね。

 私の勘違いかもしれませんが、ろぷさんの、どうせ社会なんて、政治なんて、人間なんて的な発言は、てれかくしなんじゃないかと思うんです。でも、そこが前面に出すぎると、何かを語っているようで、何を言いたいんだかわからない、ということになってしまうんです。

 ろぷさんは、意見と人は別物と言われますが、そうなのかなあと私などは思います。
 誰かが人間はこう、戦争はこうと語っていると、「ふんふん、なるほど」と私はまじめに聞いてしまいますから、言ったそばから「本当はそう思いませんけどね」と言われると困ってしまいます。


 次に、サキさんの変調ですが、最初に感じたのは「第一次レポート」のコメントの終わりくらいからです。
 疲れていらっしゃるのかなあ、と思いました。

 ろぷさんに言いたいのですが、これはサキさんの個人ブログですから。
 作りがけっこうプロっぽいし、私などもコメントの使いやすさ、サキさんの懐の広さについ甘えてしまっているのですが、対応しにくいコメントにもひとつひとつマメに応えてくれます。
 我々は、自分の都合のいい時に思いつきでコメントすればいいから楽なのですが、それに丁寧に対応するのはそうとう大変だろうと思うんですよ。本業をお持ちですしね。
 まあ、それを言うと、一番負担をかけてるのはオマエだろ、と言われてしまうと思いますが。

 サキさんには、たまにグチを言うのも、時には投げやりになるのも、どんどんそうしてほしいと思っているくらいです、私は。
 私は何よりも、サキさんの意気に感じて、ここに参加させてもらっているんですから。
2008.07.16 Wed l あまくさ. URL l 編集
ろぷさんへ
 これは、大変面目無いです。
 私はなんだか視野が非常に狭まっていました。自分の事でいっぱいいっぱいになっていたのかも知れません。

 いえ、相手のブログにコメントを書くことは、もっとエネルギーを使います。それをなにか私は近視眼的になったコメントを返していますね…

 ろぷさん、申し訳無いです。
2008.07.16 Wed l サキ. URL l 編集
 ふと思いました。話し合いでいちばんやっていはいけないこと、ってのは「感情的になる」ってことですね。いや誰かを責めているってわけではないのです。自分への戒めとして。

 これは反論ではなく返事といして聞いていただけますか。
 エントリー内容とも離れてしまうことを最初にお詫びしておきます。
 いちおう僕の深い部分ついて書かれた以上、ある程度のリアクションをしておかないと気持ち悪いもんですから。

 見下す、というのはまさしくその通りです。僕は見下していますよ。でもそれは常識を何も考えずに信じるという行為を見下しているのです。結果、そう考える人間に、「私自身が見下された」と思われることも多々あります。つまり行為とひとがイコールに取られるが多いです。
 たとえは悪いですが、泥棒という行為と、泥棒を働いた人物の人間性とは本来、別物のはずですよね。もちろん例外も考えられますが、基本は別物のはずです。なのに「泥棒をするのは悪いことだ」と言ったら「たとえ泥棒をしても私のお父さんはいい人よ!」と反論される。「ちがうよ、実際にやった泥棒のことを言ってんの」となりますよね。この感覚が一番近いです。


 と、またなんか長くなっちゃいました。
 ですから何を言いたいかといいますと、サキさんのおっしゃったことはぜんぜん的外れの文句ではない、ってことです。気にしてはいませんから。
 それどころか僕も言いすぎた部分が多々ありました。ごめんなさい。


 あまくささんへ
 さすがの御慧眼。まさしくその通りです。
 僕の本心は、文章の前者である場合が多いです。後半の付け足しが逃げであることも重々承知しております。

 この理由はだいたい二つあります。
 僕の意見って、わりと……どう言うのかな、常識を信じて疑わないヒトにとっては激怒するような内容が含まれているんです。「国家」のくだりなんてまさしくそうですよね。その部分をサキさんやあまくささんに御同感いただけてとても救われた気持ちなのですが、「何が何でも反対!」ってヒトもたくさんおられる内容なんです。そしてそういう内容というのは、場合によっては悪質な粘着系を呼び寄せることもあり得ます。というかありました、実際。
 自分のブログでは「粘着系? 上等だぜ、いくらでも論破してやんよっ」とも思えますが、ひとさまのブログにそれを呼び込むわけにはいかない。と、僕は自重しているんです。

 もうひとつ。
 実際を語り始めると本の一冊でもできあがりそうな内容もありますよね。そういう場合もあえて切り詰めて書き込みます。
 たとえば例に挙げられた「戦争は政治の一手段ですよ」→「最低の手段ですがね」のあいだにはいくつかの実際の戦争の事例もあるし、僕なりの歴史理解もあります。僕の考えに照らし合わせると「戦争は政治の一手段ですよ」の発言だけでは足りないのです。ものごとの一面しか見えていない。
 でもそれに続く「最低の手段ですがね」という結論までを書きはじめてしまったら、コメント欄ではきっとおさまりきらないです。そもそもエントリーの主旨を無視する結果になってしまいます。かといって、論調からして書かないわけにはいかない。だから切り詰めて書いているのですが……、やっぱり支離滅裂な感じは否めませんね。

 上記二つに共通して言えることなのですが、
 エントリーとコメントというのは主と従の関係のはずですよね。まちがってもコメントがエントリーを乗っ取っちゃいけない。僕はそのように自戒しています。
 自分の主張をしたいのであれば自ブログでやればいいわけでだし。良い意味で手を抜く、というと語弊がありそうですが、あえて論を端折るときもあります。たぶんそれが読みにくくさせた原因でしょう。反省しています。


 自戒は必要だけれど。
 でも伝わらなければ文章なんて何の意味もないわけで。
 あまくささんのご指摘はとても勉強になりました。すこし書き方を考えてみます。


「主張系ブログの書き方」ってのはつまり、自分の持論の展開をすればするほど、反論はもちろん、荒しや粘着系にも気をつけておかねばならない、ってことでしょうかね。

 ……と話題をエントリー内容に戻してみました。
 ちょっと強引だったかな。
2008.07.17 Thu l ろぷ. URL l 編集
 今回も、私は非常に理解に苦しみました。

 申し訳ありません。返答出来かねることをここにお詫びいたします。
2008.07.21 Mon l サキ. URL l 編集
 ろぷさんの文章をずっと読んできて、ろぷさんなりに相手の気持ちを考えて配慮しようとされていることがわかってきました。
 でも、配慮のしかたがイマイチうまくないので、「この書き方じゃあ、相手はイヤミを言われたと思うぞ」と、私がよけいな心配をするような文章になってしまっているところがあるんですね。

 まあ、この話は終わり。

 いったん、エントリに戻しましょうか。

 サキさんは主張性が強すぎて、相手を引かせてしまい、結果的にご自分のブログが空回りしてしまっているのではと反省されているように思います。

 主張を薄めた方がいいかと迷っていらっしゃるようですね。
 これはあくまで私の「野生の勘」ですが、こういう時に弱気になって引いてしまうのは上手くいかないのではないかという気がします。

 むしろ、テーマを少し整理してみるというのはいかがですか?

 例えば「戦争の是非」にテーマをしぼり、そのテーマの中で論点を分解してみるのはどうでしょう?

 戦争について語るにしても、

 なぜ戦争は起こってしまうのか。
 戦争は本能の産物なのか、文化の産物なのか、政治の延長なのか。
 戦争には「よい戦争」と「悪い戦争」があるという見方は可能か。
 すべての戦争は侵略戦争だという意見があるが、本当にそうなのか。
 やむにやまれぬ戦争というものがありうるのか。
 実際に起こった日本の過去の戦争の実相はどうか。
 戦争について語ることさえ嫌う風潮は、かえって危険だという意見があるが、その通りか。
 日本の経済を守るためには、ある程度の軍備は必要だという意見があるが、本当にそうか。
 そもそも経済的繁栄は、戦争に頼ってまで維持する必要があるのか。
 etc。

 これらひとつひとつが、いくらでも議論できる内容です。

 そして、議論している間は「主張」はいったん後ろに隠れるのではないかと思います。
 上にあげた論点のうちにはサキさんの「主張」と次元の違うものもあり、また議論の方向が必ずしもサキさんの主張の方向と一致するとは限らないからです。

 そうして、ひとつひとつの議論の形がある程度見えてきたところで、それとサキさんの主張をどのように結び付けていくか、あらためて考えていくのはどうですか?

 大丈夫。これも「野生の勘」ですが、議論の方向がどのように転んでも、サキさんの「主張」は生きてくるものだと思っていますよ、私は。

 もちろんテーマは戦争に限らなくてもいいですし、材料はたいへんクオリティの高い相互の皆さんが提供してくれるのでは。
 と、勝手に私が言ってしまっていいのかな(笑)。
 まあ、私は協力したいと思いますし、もっと私たちをうまく利用してくれていいですよ、と言いたいのですが。
2008.07.21 Mon l あまくさ. URL l 編集
 カテゴリ分けですか、ぜんぜん気づきませんでした。そうか、その手があったか。纏めようとは思っていたのですが、その手があったか…
 頂きまする。
2008.07.21 Mon l サキ. URL l 編集
 前回から読み直してみましたが、私は「左翼」「常識を妄信」という言葉を投げかけられて、すべてを嫌味として受け取っていたようですね…
 しかし、このブログのテーマは「常識を疑う」というテーマでやらせて頂いてるので、やっぱり看過は出来なかったようです。私はそのとき、このブログを全否定されたのかと思い、非常にショックを受けてしまいました。

 もしかしたら、その「左翼」「常識を妄信」という言葉は私に投げかけられた言葉ではなかったのかも知れません。確かに今読み返すとそのようにも受け取れますが…
 やはり、少し難しいです。
 どこを、どのように受け取られたんでしょう…
 反戦…というのが常識だと思われたのでしょうか?
 私は本当に常識的なことしか、今まで書いていなかったのか…?

 愛国という表現方法が間違っていたのでしょうか?
 私は、普通に日本を発展させたい人に対して「愛国主義」と言うつもりは有りませんでした。国粋主義は、イコール愛国主義だと思っていました。

 左翼とは何か?
 私は、共産主義に肩入れも傾倒もしたことが無いのですが、反戦を強く訴えると、すなわち「左翼」なのでしょうか?
 左翼はイコール売国奴と、今の日本では呼ばれています。分かりません。反戦を訴えると、日本を嫌っているということなのですか?
 わかりません。

 私は、戦争の無い視点から日本と世界を発展させる方法を考えてきたつもりです。
 それでも左翼なのでしょうか?

 分かりません。

 ただ、私はすべてのコメントを受け入れ、昇華させてみたいと思っていたのですが、そんな大それたことは、やはり一般市民には出来ないようです。
 まだまだですね…
2008.08.02 Sat l サキ. URL l 編集

コメントの投稿

スパム対策の為、コメントはすぐには表示されません。
ただ今、アダルト関連の語句の制限を厳しくしております。
投稿出来ない場合は、そのような語句が無いか、ご確認下さい。
お手数をおかけします。

管理人を下のフォームで刺してみる。












       

トラックバクダン

スパム対策の為、トラックバクダンはすぐには爆発しません。
トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)