【戦争】戦争の是非。第一次レポート。
参考サイト
EDITA
Unow? Yes/No
*以下引用。
政治・社会的見解
生物学的見解
人間的見解
政治・社会的見解
生物学的見解
人間的見解
まず最初に、戦争の現実を知るのが最善ではないでしょうか。
リンク先には、当然目も当てられないほど残酷で悲惨な写真もあります。精神状態や体調が優れない方は、閲覧を控えて下さい。
我々の「同じ種族」であるヒトがヒトに傷つけられると言うことは、どういうことなのか、考えるキッカケになれば幸いです。

非常に臨場感のある映像です。想像できますか?
あなたは、友人に戦場に出ることを命令できますか?
彼は笑っています。
反戦ということでしょうか?
私には、やはり戦争を容認することは出来ませんでした。
我々は、中国をただ簡単に批判出来ますか?
大日本帝国時代のことは、棚に上げますか?
国を越え、皆が一緒に考える時ではないでしょうか?
チベットも、中国も、韓国も、日本も、国土を他国に蹂躙されたことのある国同士です。批判されているのは、中国軍?それだけですか?
旧日本軍は?米軍は?多国籍軍は?
皆が同様に批判されているように感じます。
当ブログに直接のTBはもちろん、それがし辛い場合は、下記のTBセンターをご利用下さい。
「戦争の是非」
「戦争」
EDITA
Unow? Yes/No
*以下引用。
戦争容認論、重要論、肯定論、必要悪論
政治・社会的見解
- おかげで経済も発展する。
- 人口減少の最も良い策。
- 勝てば官軍、偉きゃ黒でも白になる、歴史は強者が作る。
- 最後の手段として必要でしょう。但し負けた時は悲惨だけどね。
- だって国連軍やNATO軍、多国籍軍ってあるじゃん。国際社会が介入せざるを得ない戦争があると思うよ。
- 国が存在する内は無くならない。
- 一絡げでは言えないけど、重要でない戦争は無い。
- 戦争は政治の一手段ですよ。最低の手段ですがね。
- 必要悪ですね。戦争しないで列強の植民地支配を止めさせることが出来たとは思えない。
- 文明進歩の過程ではしかたない側面もある。
- すべての戦争がなくなったら世界経済は破綻する。
生物学的見解
- ケンカですから、人間がいる限りあり続ける。
- これは人間のもっている本能のうちのひとつ。ない人は人間失格。
- 人類がつくりたもうた最大の悪です。でも、それが人間なんだよね。
- 話し合いで解決できれば、学級崩壊だって問題にはならないはず。
人間的見解
- 男は闘うべし!!!…ただし、無用な殺戮は悪です。
- 攻められたら守らなければ。それを戦争と呼ぶなら必要。
- 仕掛ける必要はない。守る為には全力で守る。
戦争不要論、否定論
政治・社会的見解
- 戦争で得るものは、とてつもなく少ない。
- せっかく人間なのだからお話し合いをたくさんしてほしいなあ。
- 話せる言葉があるのに、武力を使うんだけら…ただの大量殺人!
- お金がある限り無くならないと思うけど・・
- CO2排出しすぎです。
- そうでなければ、国連はいらんだろう。
- 内乱は別として、国家間の争い事は外交、民間交流、経済等を駆使して避けるべきだ。
- 国・民族のエゴの衝突が戦争であり、聖戦などというものは絶対に存在しない。
生物学的見解
人間的見解
- 必要悪だとか言ってるテメー自身は戦場に行かない奴件(笑
- 無駄無駄ァ!
- 何があってもだめ。
- 人が人を殺めるのはイヤです。
- 侵略や欲の為の手段だと思う。
- 必要の意味がわからない。
- 当然不要。教育の如何によって闘争心はコントロールできるはず。
- 悪に決まっている。
- だって人の殺し合いでしょー悪以外の何者でもない。
- どんな正義も武力に訴えた時点で悪になる。
- あるうちは文明人などと名乗るべきではない。
- 今まで必要と思って始めた戦争で正しい戦争は一つもなかったでしょ。
- 男女はたまに、必要です(^^)
その他の視点
- 「必要」「不要」という2元論に陥っていることが根本的に間違い。
- 地球上の利益を人類に平等に分配したら戦争しないのかな?
戦争の現実
まず最初に、戦争の現実を知るのが最善ではないでしょうか。
リンク先には、当然目も当てられないほど残酷で悲惨な写真もあります。精神状態や体調が優れない方は、閲覧を控えて下さい。
我々の「同じ種族」であるヒトがヒトに傷つけられると言うことは、どういうことなのか、考えるキッカケになれば幸いです。

- イラク戦争でのけが人の写真
(日本の政治を糾弾する)
TVゲームのようだとか、ハイテク戦争だとか騒がれましたが、現実はどうなのでしょう。イラク人は米国や、その同盟国の日本等を、許すでしょうか?
あなたがイラク人だったら、米国や日本国を許しますか? - 100枚の写真で見るイラク戦争
- 「イラク戦争写真」でおびき寄せるYahoo! Messengerワームが拡散
- <インタビュー>報道写真家ジブ・コーレンが語る戦争と世界(1) テロはどこでも起こっている
- アジア太平洋戦争/アジア途上国写真集:鳥飼行博写真館
- イラク戦争写真レポート シバレイオンライン
- 2007年の米軍隊員自殺数が過去20年間で最高に・GIGAZINE
戦争とは、あなたが今想像しているものと、同じでしょうか?
非常に臨場感のある映像です。想像できますか?
あなたは、友人に戦場に出ることを命令できますか?
彼は笑っています。
反戦ということでしょうか?
私には、やはり戦争を容認することは出来ませんでした。
我々は、中国をただ簡単に批判出来ますか?
大日本帝国時代のことは、棚に上げますか?
国を越え、皆が一緒に考える時ではないでしょうか?
チベットも、中国も、韓国も、日本も、国土を他国に蹂躙されたことのある国同士です。批判されているのは、中国軍?それだけですか?
旧日本軍は?米軍は?多国籍軍は?
皆が同様に批判されているように感じます。
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「戦争の是非」
「戦争」










一つは戦争そのものの問題。
指導者や戦争の原因というマクロな視点。
もう一つは極限状態に追い込まれた一人の人間の行動というミクロな視点。
戦争での悲惨さや捕虜虐待などは、極限状態に追い込まれた人間が人間のもっとも醜悪な部分を出してしまうという事でもあります。
こちらは兵士個人の資質や兵士としての教育の問題でもあるでしょう。
もちろん最終責任は戦争を起こした指導者層にありますが…
少なくとも軍隊側は残虐な行為は「個人的な犯罪」という扱いで処罰するして軍全体に責任が及ばないようにしていますね。
戦争とは何か、を考える際には政治的な理由などの大きな視点も必要ですが、人間という生き物の本来持っている醜悪さ、にも気を配る必要があるかもしれません。
だからと言って「人道的な戦争」や「人道的に敵を殺す兵士」という物は存在しませんが。
いまいちかみ合わない感があったのは、そのためか…
イメージで捉えている人、政治的な視点から見る人、個々の視点から見る人。
ちょっと、今回の記事再構築してみます。
>人間という生き物の本来持っている醜悪さ
ここですよね。人間は自分を「自然」から隔離して自分達の事を考えがちですが、本当はサルの仲間に過ぎませんからね。
サル社会にも、いじめ、殺猿、部族間の戦争があります。これは、我々が批判できる種類のモノではありません。いわば、「生命」が、様々な進化を遂げ、どの種でもいい、一つでもいいから、生き残らせる為に取った、「生命」の戦略です。
こう考えると、反戦と言うモノは、確かに進化の流れを無視した傲慢な考え方なのかも知れません。
しかし、生命個々の本能は「生き残る」コトです。どんな種も自分は生き残りたい。これもまた、進化を促した大切な要素の一つ。
こう考えると、反戦は生命の流れを否定しているとは言えない。
弱肉強食といいますが、実は「弱い」ものが何かを判断するのは非常に難しい。色々な人々を助け合い、命を守る行為。これは、エゴと批判されることもありますが、実は、「生命・進化」にとって非常に利に叶った行為なのかも知れません。
これからも、地球に何が起こるか分かりません。もしかしたら、生き残るのは現在「弱者」だと思われている人かも知れないのです。
現在「正常」と考えられている人々が街を闊歩し、戦争をし、自然を食いつくしていますが、この「種」は、既に滅びの道を進んでいて、もっと優しい人々が世界を支配していくのかもしれませんね。
例えば、地上最強だった恐竜が、あっけなく小さな小さなねずみに覇権を奪われたように…。
イソギンチャクとヤドカリ、などが有名です。
この「共生」は弱いもの同士がお互いの弱点をカバーしあう事で強者に対抗する、というのが原点なのでしょう。
そういう意味では「弱肉強食」という大きなシステムの中の一部でもあるわけですが…
反戦という考え方はどちらかというとこの「共生」に近い考え方なのでしょう。
人間という爪も牙も無い生き物が、自然界の中で生き残っていくにはお互いに助け合うしか生きる手段が無かった、という事なのかもしれません。
人間と家畜の関係もこの範囲内と言えるでしょう。
こういう考えが「社会」の原点だと思うのですが、食料などが足りなくなってその「社会」を物理的に維持できなくなれば、人類が生き残るために「社会」を「縮小」しなければならなくなるでしょう。
その一つの形が「戦争」である、という理屈も作る事は出来るでしょうね。
この論で行くと「戦争を止める手段」は、食料など「社会を物理的に維持するのに必要な条件を満たす」という結論が出てきますが…
果たしてそれができるかどうか。
それに宗教戦争などはこの範囲から逸脱してしまいますし…
難しい問題です。
自然界では、環境に対し増えすぎた種は自然に淘汰されます。食料が足りなくなったり、酸素がたりなくなったり…
ねずみの入水自殺は科学的根拠に乏しいと言うことですが、どちらにせよ、その環境に対し増えすぎれば、食料が不足して数を減らしてしまいますものね。
人間社会では、実は食料は有り余っていると言われています。先進国の「食肉生産」で消費する穀物や野菜はすごい量になるため、贅沢食を控えれば、飢餓で死亡する人々は居なくなるとか。
また、先進国の「ロス」と言われる廃棄される食料も膨大です。ほんの一かけらは、カラスやクマ等の胃袋に入っているようですが、本当に一かけらでしょうし。
戦争と搾取は、同等の意味を持つのかも知れません。
あまくささんではありませんが、やはり「江戸」がキーワードになりそうです。
現在は搾取の構造をどうにかすれば、食糧難は改善されるのでしょうね。しかし、この先人類が隙間なく地球を埋め尽くすことになれば…。
出来れば、同種殺しで数を減らそうと言う発想ではなく、増えるのを抑制する等と言う政治的発想であって欲しいです。
お子様レベルでポイントがズレてて申し訳ないのですが、私が常に思うのは、「それでどぅするか?何が出来るか?」な部分です。
…今まで私は戦争の○○展みたいなのは、無意味だと思ってたんですょ。
見るヒトは見るけれど、悲惨さを知ったところでどぅしろと言う訳だ?そして見ないヒトは一生興味ナシだし、むしろそんな歴史はいちいち見なくても知ってます!で余計拒絶。
ついでに、歴史を学ぶ必要性や意義なんて無いと思ってた。それなりの立場のヒトは充分知ってる上で、学習能力ナシだし、平民は介入しよぅがない。平和を訴えたところで、聞くべきヒトは聞いちゃいない。効率重視で、無駄がキライなヒトなんですねアタシは。
東京へ来て8年、元は北海道から出るなんて思ってなくて、日本史はおろか、都道府県すら覚えてどぅする?と思ってたんですね。ましてや世界史や何処かでやってる戦争なんて、知ったこっちゃありません。超残業、自分の事で手一杯…。
でも東京へ来てから、甲州街道やら赤穂浪士の一人が住んでた街〜だの、だんだん歴史が実在のものって気がしてきたんですょね。
みんな歴史はそれなりに勉強してきてるけれど(一部、教科書に掲載されない問題もあるけれど)、戦争映画と、最前線の中継がごっちゃ〜みたいな、それにやっぱり日本は平和なので、「現実感の無さ」ってあると思う。
だからやっぱり「現実」を伝える事って重要なんだと思う。みんなの意思の平均値が上がる事に遠い未来期待をする〜という事で。
(外務省に知人が居ますが、確かに彼らは頭いぃですょ。それなりに苦悩してるみたいだし、きっと未来はよくなります…。)
けれど、私は身近な八王子の自然保護、圏央道のトンネル工事の阻止すら出来ず脱力感なアタシ。(これも斬ってくれ!)ましてやグローバルな世界情勢については無力です…。
第二次レポートに期待!
仮に、今の日本政府が戦争を始めたら、恐らく凄まじく支持率を落とすと思うんです。ここです。確かに支持率を極端に落としても、自分達の都合で辞めない総理もいますが、スゴイプレッシャーだと思います。
これは、微力ながら、太平洋戦争を経験した年配者の人々の地道な「伝える努力」が積み重なっているのだと思います。micoちさんにも、私にも、確実に伝わっていますものね。
兵器のサイト等を見ていて、非常に危険な書き込みを見たことがあります。非常に精度のよいミサイルか何かのお話で、「敵の手や足を取って、戦闘不能にさせるのだ。殺すわけではない。すごいミサイルだ。」こんなニュアンスの書き込みがあって。。。
まて。と、思いましてね。殺さないからスゴイのではなく、手足を爆発で取られると言うことは、どういうことか。ですよね…スゴイ現実感を喪失した書き込みだなと、恐怖を感じました。
これが、映像をどうしても紹介したかった理由なんです。映像でも、現実感は非常に薄れていますが、それでも。。。と思っています。
micoちさん、圏央道、脱力しても、地道に伝えて考えるキッカケを作っていきましょう。そういう時は、植林活動なんかを(非常に微力ですが)頑張っている人々に、元気を分けてもらいましょう!(サイトもあります)
大丈夫です。重要なことを伝えていこうと考えている人も、世の中にはたくさんいますから。
この意見はいまも信じています。
戦争なんてもちろんいいことではない。でも政治というシステムがある以上、絶対に避けては通れないものですよ。いわば「外交」の最終手段のようなものです。
戦争を仕掛ける方もなにも楽しいからやってるわけじゃなくて、民衆の不満が頂点に達してどうにか政府から目をそらすために第三国に戦争というデモンストレーションを仕掛けるとか、はたまたあそこの○○を押さえれば我が国の食糧事情は改善する。といった自国の民衆のためだったりもします。
……ま、どもれも褒められたことじゃないですが、いちおうはれっきとした「やむにやまれぬ事情」ってのがあるですよね。もちろん攻められた方も防衛という「やむにやまれぬ事情」が生まれます。日本が第二次大戦に参戦したのは、植民地支配から自国を守るため、という理由でしたし。
これらのやむにやまれぬ事情を「戦争反対」という感情論で押しつぶしてもいいのでしょうか? 食糧事情のよくない国がやむにやまれず他国を攻める。もちろんよくないことだとは思います。でもだからといって、「そのまま餓死しろ」……とは言えませんよね。同じように「戦争はダメだから植民地支配を受けとけ」とも言えませんよ。
結局。
戦争をやめようと思ったら政治をやめてしまうしかないんですよ。だってある政治体制とある政治体制が、お互いの人的物的資源を消費しあうのが戦争ですからね。政治体制がなくなれば存在しません。
僕は「戦争」をそんなふうに考えますよ。
人殺し。という部分では感情論も必要です。
でもさ、どこにでもいるごく普通のおっちゃんを「ココで人殺しをしなきゃ国で待ってる愛する人が殺されるかもしれない」という精神状態に追い込んじゃうのが戦争でしょ? 普通の人に人殺しを強要する。これが戦争の一番醜い部分なんです。
だから戦争のなかでの「人殺し」だけを抜き出して考えるのは僕は疑問です。そうさせたおおもとは別にあるにさ。
そういう意味では先の泡雲法師さんのコメントとカブっちゃいますね。
一つどうしても引っかかる部分がありまして…「やむに止まれぬ戦争」というのが、私には疑問です。国民の為の戦争、国民の戦争…これは有名なところで、アメリカ独立戦争(イギリスからの植民地支配脱退)や、南北戦争(奴隷制度開放の是非の争い)、明治維新(旧幕府制度からの開放)等、主に「内戦」の部類に多いものだと思います。
イラク戦争やベトナム戦争、その他の侵略戦争、宗教戦争はもちろん「やむに止まれぬ」ということでは無いと思うのですが…
内戦。これ、「解放戦線」だとか言います。
わたしは、これは言葉のマジックだと思います。「やむに止まれぬ」原因を作ったのは、自然災害などの不可抗力ではなく「人間」が起こしたものだと思っています。
つまり原因とは、すべて「体制側の欲と見栄」によるものがほとんどなのでは無いでしょうか?
確かに、今までの人類の歴史は「侵略と内戦」の歴史です。それを否定は出来ません。しかし、本当は「学んでいる」はずなんです。人間は。
今までの切り札は「戦争」だったかも知れませんが、これは人々の「支持」を得られるものでは決してありません。戦争することは「精神的」「物理的」「政治的」に疲弊するのが分かっているはずなんです。人間は。
どの戦争を見てもそうです。
体制側がそれを理解出来ないと言うのであれば、我々「民衆側」がこれからも効率的で理知的な「世論」を作り上げていきたいと思っています。
私は「人殺し」を取り上げていますが、これこそが、人々が興味を持ち、分かりやすく、理解しやすい「考えるきっかけ」ではないかと思っています。
興味深いリンクも見つけましたので、最後に紹介したいと思います。
GIGAZINE:イラク戦争に費やした4560億ドルがあれば何ができるか
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070511_iraqwar_cost/
戦争は政治の一手段。そうですね。その通りなのだと思います。
そして、この問題に限らず、考えて、感じて、議論する前に結論を設定するのは間違いです。
「戦争は絶対悪」から出発するのは、単なる思考停止だと思います。
戦争は政治の一手段。これは同意します。
いわば「外交」の最終手段のようなもの。これは同意しません。
一手段だと思いますが、最終手段ではありません。
イラク戦争がはじまった時、アメリカ軍はイラクのゲリラ戦に苦しめられると予想する意見がありました。しかし、戦争はアメリカの圧倒的な勝利に終わりました。
その後のアメリカは、幸せですか?
イラク戦争以前よりも、今のアメリカは好調ですか?
そうは見えません。
戦争は政治・外交の一手段ですが、最終手段足りえないということを、今こそアメリカと人類は学びつつあるのではないですか?
「これらのやむにやまれぬ事情を「戦争反対」という感情論で押しつぶしてもいいのでしょうか?」
これは勇気ある発言だと私は思います。
「戦争反対」を感情論と断言する言説は、ヘタをすると強い反感をまねくと思います。
だから、ここでは敢えて綺麗事は言いません。
戦争が悲惨であろうとも、残忍であろうとも、それに見合うメリットがあるのならば一概に排除できない。そう言い切ってしまいます。
しかし、戦争に勝利することに、本当にそれほどのメリットがあるのでしょうか?
政治は、国民を食わせていかなくてはいけません。
政治家だろうと、庶民だろうと、王侯貴族だろうと、人間は食わなければ3日と持たないのだから、これがすべての基本です。
戦争に勝てば、国民を食わせていける。そうとも限らないのではないですか?
北朝鮮が疲弊したのは戦争に負けたからですか?
20世紀の後半に空前の経済成長を達成した日本は、1945年に戦争に勝ちましたか? むしろ植民地という重荷を手離し、軍備という浪費から開放され、社会を束縛していた多くの既得権益、保守的な諸条件を強制的に解体されたことが、日本に大きなメリットをもたらしたのではなかったですか?
戦争は悪で残酷だからやめるべきなのではなく、無用な負担を国民に強いるアホらしいものだから、もうやめようよ。それでいいのではないでしょうか。
第三世界の国々の、過酷な飢えから脱出するためのやめにやまれぬ戦争。
その想いは、肯定します。
しかし、ルサンチマンに引きずられた無謀な行為が、本当に彼らを豊かな社会に導きますか?
えっと、サキさんの
>わたしは、これは言葉のマジックだと思います。「やむに止まれぬ」原因を作ったのは、自然災害などの不可抗力ではなく「人間」が起こしたものだと思っています。
>つまり原因とは、すべて「体制側の欲と見栄」によるものがほとんどなのでは無いでしょうか?
これはそのとおりです。
だから僕が「政治の最低の手段」だと表現したのです。
でもねぇ。原因は「人間」が起こしたものだ、といえばそのとおりですよ。その分析は正しいと思います。でも、それは僕たちが第三者だから言えることではないでしょうか?
ご自分が政治体制のトップに立っている当事者の立場になって考えれば、やっぱり「やむにやまれぬ事情」じゃないでしょうかね? だって自分の政権を維持するのが政治家さんの本能のようなものですからね。政権が揺らぐってのは政治家さんにとって世界が揺らぐのとイコールなわけで。世界がかかってくるとなれば、そりゃなんでも犠牲にして必死になりますってば。
(けっして理解したくない感情ですけれどもね。でもありそうな話でしょ?)
まあこれは極端な仮定なのだけれど、でも現在の政治のしくみだとそれほど凄まじい執着心を持ったヒトほど政治のトップに上り詰める傾向にはありますよね。
あと、あまくささんの最後の問いにからめて書きますが、「戦争で失う国益」と「戦争で勝つことで得るであろう国益」と、最後に「戦争に勝てる目処」の三つをハカリにかけて、それでも有利だと思えたら、戦争は今日にでも始まりますよ。
政治というのはそこまで冷徹なものです。感情論は介入しません。政治というのは極端に云うと「ひとりを救助するためにはいくらの投資ができるか?」ということです。ひとりの命をたすけるための投資が見合わないなら(たとえばふたり死んでしまうとか国益が損なわれるとか)なら、そのひとりは見捨てます。それが政治。
その「見捨てるひとり」が兵士や市民になる状態が戦争です。
戦争がダメなのはもちろんです。
でもだからこそ、戦争を無くすには戦争だけじゃなくて政治もあわせて考えていかないと、むつかしいと思うのです。たぶん僕なんかでは太刀打ちできないほど深い問題だと思います。
でも「考える」っていうのはとても重要なことですよね。考えることをやめちゃいけません。たとえ答えが出なくてもね。
そうやって必死に考えたヒトがひとりでも多くいる政治体制は、バカなマネに出る確率もそれだけ少ないでしょうから。
そして考える機会をくださったサキさんに感謝です。
追伸:
あまくささんのおっしゃることよくわかります。
「感情論」のくだりはごもっともです。強い反感、どんと来い! って感じですよ。だってきちんとした考えをともなわない「強い反感」は、まさに「感情論」以外の何物でもない、と僕は思いますから。
イラクの戦争は本気でキタナイですね。
けど、アメリカはあの戦争では勝っていないと思います。たしかにゲームとしては勝ったのかもしれません。でも戦後処理という政治で大敗を喫しました。
勝ってればたぶん、原油の利権等でアメリカには4560億以上の利益が出たはずですよ。で現政権は絶賛されていたでしょう。国内の景気もよくなったでしょう。でも負けた(というよりも戦後処理で失敗した)からソンをした。で現政権は叩かれている。
つまり、いってみれば政権の威信アップ&お金儲けと、失われるであろう命や資源とをハカリにかけて、ブッシュは「利益がある」と踏んだんでしょうね。で失敗した。なんだか死の商人よりもタチが悪い気がする。
追伸2:
長い長いコメントごめんなさい。以後はできるだけ要約するよう心がけます。
私がスパム判定しない限り、消さないのでご安心を。一番右上の「冴子さんバナー」もあわせてクリックしてみて下さい。有る程度のHP運営指針のようなものを書いています。
で、まずろぷさんに反論でする。
恐らくろぷさんの視点は「防衛側」に立ったもの…ということですよね。攻められたら守る。攻撃されたから反撃する。
わざと攻撃させて、反撃し、武力行動に正当性を主張する、など等。
最後にあげた「戦略」は、「攻撃側」とみなし、除外して考えます。
攻められたから守るという行動には、流石に私も否定は出来ません。しかし、攻撃側の方を考えて頂きたいのです。
歴史を遡れば、確かに「食料調達」の戦争はありました。私が思いつくのは「部隊の食料が底をついたから、他国の農村から略奪する」という戦争です。
また、国が疲弊したから、他国の領土を奪うという戦争もあったかも知れませんが、しかし、国が疲弊していたらそもそも兵は出せません。有りそうでなかなか無い特殊な状況だと思います。
政治家や指導者が「やらなければ、やられる」という状況に追い込まれるのは、「防御側」の場合です。
では「攻撃側」の思惑はどうでしょう?
兵を出す国力が存在する。この時点で遡及事態とは考えにくい。政治家や指導者の「欲望」と国民の「欲望」が一致したのかも知れません。
「イスラムを滅ぼせ」
「石油を奪え」
もしかしたら、1〜2世紀遡れば、「自国民のみ」の利益を得られ、「自国民のみ」に絶賛されれば、大満足かも知れません。
しかし、近代は、国家個別の歴史の時代は終焉し、世界各国全体の歴史に変わりました。
自国のみの利益を換算し兵を出せば、世界各国から批判され、孤立します。
もちろん兵士や家族、軍事費も消耗し、経済の損失も生み出しているでしょう。というのは、もっともっと効率的で理知的な投資方法は必ずあったはず。と言う意味での経済的損失です。
世界の「信用」も失います。
政治は冷徹なのでしょうか?
それとも一部の個人の欲望の現れなのでしょうか?
>アメリカはあの戦争では勝っていないと思います。たしかにゲームとしては勝ったのかもしれません。でも戦後処理という政治で大敗を喫しました。
そうです! 私が言いたいのも、そこなんですよ。
だから、戦争は一手段ではあっても、最終手段足りえないんですね。
戦争に負けた国も、絶滅するわけではありません。だから、戦争が終結した日から、また長い長い政治の日々が始まるわけです。
そういう意味では、戦争は冷徹な計算の結果ではなく、長くて地味で根気の要る「政治」という作業が面倒くさくなった連中の、「暴発」という見方も成り立ちます。
それじゃあ、「秋葉原の鬼」と大して変わりません。
>つまり、いってみれば政権の威信アップ&お金儲けと、失われるであろう命や資源とをハカリにかけて、ブッシュは「利益がある」と踏んだんでしょうね。で失敗した。なんだか死の商人よりもタチが悪い気がする。
多くの犠牲を出して戦争に踏み切りながら、政治の方がなってなかったと。冷徹どころか、「死の商人よりもタチが悪い」大バカ野郎ってわけです。
ならば、戦争の話はいったん脇において、政治について考えてみましょうか?
政治の目的ってなんですか?
例えば、どういう状況を実現できれば、政治が成功したと言えるのでしょうか?
>政治の目的ってなんですか?
そりゃあもちろん国益でしょう。現在の政治にとってそれがすべてといっても過言ではないです。国益さえ増加させれば、国家は存続し、国家が存続すれば未来の国民をも助けることになる……と政治家さんはいうでしょう。僕は反対ですけれどもね。
僕の考えは、民衆がお互いを守るための組合のようなものが政治や国家なのであって、逆ではない。絶対的に偉い国家さまが登場して民衆を効率的に助けてやる、なんていうトチ狂ったセンスの国家なんてなんていっそ滅びればいいんだよ。……と、いささか過激な意見を持っていたりします(笑)。いやだからって国会議事堂で暴れたりしませんよ。頭のなかで想ってるだけです。
なんていうか、本来ならば、民衆さえ無事であるなら国家なんていくらでも滅びて結構なハズなんですよ。民衆を核にしてまた新しい国家を作ればいいんだから。でもいつのまにか本末が転倒して民衆を犠牲にしてまで国家の存続をはかるようになったんですよね。で、政治的に戦争という手段を行使するようになった。
いわゆる先進国というところを見まわすと、絶対的な国家さまがまことに多いですね。もちろん日本も例外なく。
……と、いうところでいかがでしょうか。あくまで僕の私見ですし、あまり長い間考えたわけでもないのでマトがズレてるかもしれませんが。
それはそうと、「政治とは?」と議論をはじめると、サキさんの提言した本記事の目指すところからいささかはずれてしまうのではないですか? これだけ答えておいてなんですけれど。
あと、サキさんの返信はとてもよくわかる内容です。
ただ一点だけ。
>また、国が疲弊したから、他国の領土を奪うという戦争もあったかも知れませんが、しかし、国が疲弊していたらそもそも兵は出せません。有りそうでなかなか無い特殊な状況だと思います。
>兵を出す国力が存在する。この時点で遡及事態とは考えにくい。
いやいやありますよ。
このままの状態ならば……を先を見越して、「国が疲弊して滅びる前に、まだ力の残ってるいまのうちに打って出る」という戦争だってあるのではないですか? それくらい政治家さんは先を見越してますよ。だって第二次大戦末期の我が国がそうじゃないですか。大東亜戦争ではなくて太平洋戦争のほうです。
日本は経済的に封鎖されて「戦わなければ近い将来餓死する」状態に追い込まれた結果、真珠湾を目指したわけですからね。
この場合、サキさんのおっしゃる「防御側」はどちらでしょう?
アメリカは「日本に卑劣に奇襲された」と言っていますし、真珠湾だけを切り取ると、事実そのとおりです。
しかし日本は政治的に「やらなければ、やられる」でした。そしてもしも真珠湾が落ちたとしたら、日本軍が制海権をとったでしょう。そうなるとアメリカも手をこまねいているわけにはいきません。徹底的に叩かないといけません。つまり両者とも「やらなければ、やられる」だったのではないですか? どちらも「防御側」だとしたら、太平洋戦争は否定しなくてもよい戦争ですかね? ちがいますよね。
……まあ、日本軍が戦わざるを得ない状態に追い込まれたという、政治的に負けたのが一番の原因なのですけれどもね。
で、ここでお二人に書いた返信がリンクするのですが。
「民衆さえ無事であれば、国家なんて滅びるときに滅びればいい。ヘタにあがくと戦争になる」
かなり暴論ですが(笑)。
でもこの一行に集約されるような気がします。
でもこれってムリなんですよねー。近代の戦争は空襲でまず民衆を狙うので、「民衆さえ無事であれば」の定義が成り立たない状態になっちゃいましたから。で、救済の定義が消えた問題はメビウスの輪のように回り始めるんですよ。僕にゃ答えのありかすらわかりません。
追伸:
おことばに甘えて長コメしちゃいました。
細かく返信仕切れないのはご愛嬌ということで。
重複も必要であれば結構です。(流石に同文コピペは状況次第では削除するかもですが…)
つまり、妙な、「ネットや個別コミュニティ特有の特殊マナー」で、議論を妨げたくないと言うのがホンネの所です。実は、「議論のルール」なんてのも適応せずに話したいくらいです。結論は求めていませんし、恐らく内容の無い相対主義は、投稿されたとしてもスルーされます。内容のある相対主義は私はスルーしませんけどね。
さて、本題です。太平洋戦争の日本軍ですね?
これは、確かに時間の間隔があり、太平洋戦争、日中戦争、…、…と分けて分析することも出来ますが、それでは大元は見えてこない。
もっと視野を広げて、歴史の流れを見ていくと、問題の根本は「帝国主義」ではないか?という事が見えてきます。
私、余り詳しくないので、もっと複雑に絡んでいる事象があるのかも知れませんが…。
戦争に勝ってしまった日本人には、大勢が見えなくなったのかも知れません。
後から冷静に分析すれば、日本は滅びの方向へ向かい、頑なに舵を切り続けているようにさえ見えます。
日本が領土を広げていなかったら。
日本がそもそも、兵を出さなければ。
占領ではなく、親密なアジア同盟を組むことは出来なかったのか?
たら、ればは良く馬鹿にされますが、非常に重要です。現実に「たら」「れば」を行ったとしても、思い通りに現実が進行することはないでしょう。しかし、これを行わず、「自国最強論」「自宗教原理主義」「民族原理主義」「差別主義」に簡単に乗っかってしまった結果が、これなのではないでしょうか?
太平洋戦争敗戦はつまり、帝国主義の「集大成」ではないかと思うのです。
あと、国家に関しては、それなりに深めた論理を既に提示しておりまする。
あまくさサンへの質問を遮るカタチで何なんですが…
さらに、今読むとかなり荒っぽいですが…
http://news2puti.blog118.fc2.com/blog-entry-32.html
↑コチラに。今は当時と全く同じ考えではありませんが…
http://news2puti.blog118.fc2.com/blog-entry-32.html
「帝国主義」は重要なキーワードですね。
歴史的に見るなら戦争の形は多様であり、人括りで語ることはできません。
ただ、19世紀から20世紀前半の戦争は、大枠で言えば「帝国主義」に行き着くでしょうね。
そして帝国主義を卒業したい国々と、これから帝国主義に参入したい国々の戦い。これが、極端に単純化すれば二つの世界大戦の根本だったと考えます。
日本の場合ですが、少しさかのぼって日露戦争は、評価が分かれるんです。モラルの問題をおいて「冷徹な世界戦略」と見れば、当時の日本は珍しくかなり上手くやってのけたと言えそうですね。
勝てっこない強大な敵に対し、緒戦で先制パンチをくらわし、その後は国際世論を誘導して「勝ち逃げ」に持ち込んだのです。
ですが、太平洋戦争はあきらかに「暴走」。結局負けたからという結果論ではなく、戦争の経過を見ていくと、当時の日本の指導層にいかに先が見えていなかったかが、浮かび上がってくるんです。
軍国日本の暴走は、ヒトラー型の確信犯的暴走ではなく、たぶん官僚主義的な暴走。国家構想についてかなりオンチで、目先の仕事にだけ超優秀なのが日本の官僚です。
太平洋戦争も緒戦ではアメリカの度肝を抜くような働きを見せましたが(開戦時のアメリカは真の敵はヒトラーだと見ており、日本はナメていたのは確実。だから、真珠湾攻撃に日本を誘導するなどという愚作を実行した。開戦の口実に日本を利用したかったのであって、日本があそこまで手強いと思っていなかったのです)、その後どのような戦略につなげていくのかちゃんと考えていなかったことは間違いなさそうです。
このあたりのことは、いずれ詳しく書こうと思っていたのですが、本気でやると本が1冊書けてしまうので、とりあえず要点だけ。
ひとつ付言しますと、帝国主義時代はとっくに終わっています。ヒトラーと軍国日本、そして列強諸国が、あまりにも大きな犠牲をはらって、強烈な反面教師となったのです。
あのやり方は上手くいかないことを世界はようやく学習し、たとえ偽善的であれ、平和を基調にしながら「国益」をはかっていくという「自由貿易志向」に移行したのだと思います。
(自由の負の側面が破局的な環境問題を引き起こしているのが現在の状況ですから、まだまだ、これから波乱は待っていそうですが)
ところで、サキさんは、
『妙な、「ネットや個別コミュニティ特有の特殊マナー」で、議論を妨げたくないと言うのがホンネの所です』
とおっしゃってくれます。
とは言うものの、それに呼応してマジメにマナーを無視した書き込みをくりかえしているのは、私くらいのものです(笑)。
あまり調子にのるとそのうちアイソをつかされるのではと、ふと一抹の不安が心をよぎることもありますが(笑)、大丈夫ですか?
それはさておき、サキさんのところで私もいろいろと、このテーマについて考えさせられました。
そろそろ、姫国の方でも「戦争」をやってみようかと思います。
歴史の中の戦争の実例をいくつかとりあげて、検証をくわえてみようと考えています。
死刑制度の議論の時でしたが…
そういう風に返答に困ることはありますね…まるで独り相撲してるみたいな感覚に陥ったことはあります…
で、その現在の資本主義ですが、私、帝国主義と非常に似通った部分があると思うんです。
資本原理主義→体制側主導社会→米国資本主義(日本も)→政治屋の独裁(もちろん体裁は整えて有る。民主主義国家と言う括りがあるため)→国民の洗脳とか、扇動とか→ベトナム、湾岸戦争等等…
いえ、独り言です。議論を続けて下さい。
あそこの1連のコメントは、確か私が八百屋お七から始めてしまったので、もしかしたら悪い影響を与えてしまったかなあと思ったりしました。
現在の資本主義体制は「列強の論理」の延長。帝国主義と似ているのは当然かもしれませんね。先に帝国主義は終わったと書きながら、本質は終わってないけどねなんて考えていました。
最近、話があいますが(笑)、資本主義社会に対する感情は、サキさんとmicoち さんと私と一致する部分があるのかもしれません。(あるいは心ある人すべてと)
micoち さんの禁煙、どうしましたかね。
…私は無理そうです…禁煙。文章や絵を推敲する時には必需品です。
たいして熱中する趣味もない私にとっては、煙草は愉しみのひと時ですし…
そうそう、歴史分析、楽しみにしておりますよ!