【社会】秋葉原とトラック
心臓マッサージ
次々に3人が轢かれた
2人目は、口から血をどぼどぼ吐いた
3人目は、おなかを潰され、そのあとすぐにそこから血がドバッと出てきた
人が目の前に飛んできた
被害者を助けようとしていた、警官、女性などが次々に背後から刺された
7人死亡
10人重軽傷
加藤智大容疑者(25)
静岡から秋葉原へレンタカーで、殺害目的で歩行者天国に突っ込む。
(フジテレビ・新報道プレミアムより)
派遣社員が日々の生活に疲れ、犯行に及んだと見られている。
犯人の心に、少しでも迫ってみよう。人知れず、ひっそりと単身マンションに住んでいたと言う加藤容疑者。勤務態度も極真面目で、欠勤等も無かったと報道されている。
さあ、何故なのだろう。真面目で無欠勤ということは、日ごろの鬱憤を限界まで溜めていたのだろうか?
それが、なにかの瞬間に弾けたと言うことか。
現在の社会は、個人の長所は評価されない状況である。真面目で無欠勤というのは、会社にとっては財産になり得るのであるが、評価されるのはやはり直接利益を勝ち取る才能なのである。
あるいは、無能で小さな紙くずのような自分に悲観していたのかも知れない。
みな、刹那的な部分しか見えず、長期スパンで考える力がことごとく欠如している。
私が今までブログで取り上げたほとんどのエントリーは、その問題が含まれている。
政治しかり、モンスターペアレンツしかり、本当にほとんどすべてのエントリーである。
そして、その浅はかさは、容疑者の心にも含まれている。
人生を捨てるのであれば、決してマイナス方向に捨てないことだ。命を賭けるのであれば、命を賭けるに相応しいものに賭けるべきである。
捨てると決めた時、人はすべてのものから解放される。(もちろん完全に…とはいかないかもしれないが、それが人間だ)
トラックで人ごみに突っ込むくらいの覚悟があるなら、逆にトラックでとんでもないスタントでもして、名を上げて見れば良いではないか。
そして、跳ね飛ばし、刺した相手のことだ。これは散々「命」のエントリーで書いているので、ここでは書かない。
最後に一つだけどうしても伝えたいメッセージがある。
どんな形でも、人が殺されるということは、こういうことなのだ。肉親や愛する人が、血を吐き、潰され、刺され、焼かれ…
被害者、遺族、犯人、警官・・・どれほど理不尽なことなのだろう。私は、すべての人の立場に立って考えていきたいと思う。
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