【社会】モンスターペアレント(後)
はじめから読む

さて、今回の問題を考える上で、外してはならない要点を挙げてみよう。
そして、この問題の原因として多くのニュースでは、「保護者の消費者意識」を問題視している。つまり、教育費を支払っているのだから、われわれ保護者は「消費者」として、自分の希望どうりいかないことに「クレーム」をつけると言うわけだ。
問題なのは、そこに「裁判」や「教育委員会」「ストーキングに類似した迷惑行為」などちらつかせ、脅迫の要素を持ち込んでいる事である。
このようにマスコミ等が煽り立てれば、このような極論に辿りつきがちだが、妥当な要求さえも物申さないとなれば、逆に教育現場のモンスター化がおこる。
つまり、教育をよりよくすることは出来なくなる。
そこで、マスコミが飛びつく「モンスター」の事例を分析してみよう。
下校途中に友達とけんかしてけがをしたので、学校は慰謝料を払ってほしい
恐らく論理としては「下校途中の子供に対する責任は、家庭ではなく学校にある」と言いたいのであろう。一見突拍子も無い言いがかりに見えるが、教師がその彼らの「ボディガード」であったならば、その意見は通るであろう。
その親の脳内では、その安い教育費の内訳にボディーガード料も含まれていたのだろう。彼が先生になれば、生徒全員を自慢の分身の術でボディーガードするに違いない。
あるいは、喧嘩をしてはいけないと言う事を、口頭で述べるのも学校の責任だと言うのならば、裁判でも何でもして慰謝料を取ればいい。しかし、そこまで自分の子供の面倒を見たくないというのは、一体どういう親なのであろう?
宿題を忘れたぐらいで子供を怒るとは一体どういうことか?
恐らく論理としては…解析不能だが、「やさしく教えてほしい」とか「学校は美容院のようなサービス業だ」と言いたいのであろうか?
自己管理能力を教えてもらえない子供は不幸な人生を辿るであろう。また、せっかく教育費を支払っているのに、「子供の教育を放棄」させるのは…
しつけをした事ぐらいで先生を怒るとは一体どういうことなのだろう?
…ちょっと、分析出来ない…
つまり、問題は提言の内容なのだ。恐らく困難なのであろうが、提言の内容が「客観性を欠いていない」「教育現場に必要なこと」であれば良いのである。
…これを理解するのは、困難ではあろうが…
いじめによる自殺を隠蔽しようとする傾向もみられる今、「現代の保護者は皆モンスターペアレントだ」で、片付けさせてはならないだろう。今は理不尽な物申しでマスコミを喜ばせている場合ではないはずである。
…これを理解するのは、困難ではあろうが…


日本は、国の方針として義務教育を課している。教育水準を上げる事は、ダイレクトに国と国民の利益に直結するからである。
確かに、日本の政治の信頼が失墜したことも問題ではあるが、だからこそ個人の「道徳」の能力は必須となっていくのである。学校教育を妨害している場合ではない。
人は、経験し、体験し、成長していく。そして非常に厳しい「社会」の中で生き延びていかねばならないのである。その社会での必須能力は何かを考えた時、コミュニケーション能力は外せない項目であろう。
分かりやすい例を挙げれば、会社では、或る一定の水準までは、「能力」のみでも出世出来るが、その水準を超えた時、「人望」が必要になっていくのである。
人の痛みを知らない人間は、「人望」を集める事は困難である。
それどころか「迷惑行為」が何かを教わらなかった子供が辿る未来を考えた事が御有りであろうか?
子供を叱れない教師を育て続ける、今の状況は、結局何事でも「一流」にはなれない子供を量産する状態に等しい。
うちの子を叱るな!
うちの子を中心に考えろ!
うちの子を保護しろ!
これは、つまり
うちの子を教育するな!
こういっている事に等しいのである。

要点を整理
さて、今回の問題を考える上で、外してはならない要点を挙げてみよう。
- マスコミの過剰な報道
- ごく一部の人間を指している
- その一部の人間の行動が度を越えている
- 教育現場の不祥事も相次いでいる
- 社会への不信感
そして、この問題の原因として多くのニュースでは、「保護者の消費者意識」を問題視している。つまり、教育費を支払っているのだから、われわれ保護者は「消費者」として、自分の希望どうりいかないことに「クレーム」をつけると言うわけだ。
問題なのは、そこに「裁判」や「教育委員会」「ストーキングに類似した迷惑行為」などちらつかせ、脅迫の要素を持ち込んでいる事である。
学校に物申してはいけないのか?
このようにマスコミ等が煽り立てれば、このような極論に辿りつきがちだが、妥当な要求さえも物申さないとなれば、逆に教育現場のモンスター化がおこる。
つまり、教育をよりよくすることは出来なくなる。
そこで、マスコミが飛びつく「モンスター」の事例を分析してみよう。
下校途中に友達とけんかしてけがをしたので、学校は慰謝料を払ってほしい
恐らく論理としては「下校途中の子供に対する責任は、家庭ではなく学校にある」と言いたいのであろう。一見突拍子も無い言いがかりに見えるが、教師がその彼らの「ボディガード」であったならば、その意見は通るであろう。
その親の脳内では、その安い教育費の内訳にボディーガード料も含まれていたのだろう。彼が先生になれば、生徒全員を自慢の分身の術でボディーガードするに違いない。
あるいは、喧嘩をしてはいけないと言う事を、口頭で述べるのも学校の責任だと言うのならば、裁判でも何でもして慰謝料を取ればいい。しかし、そこまで自分の子供の面倒を見たくないというのは、一体どういう親なのであろう?
宿題を忘れたぐらいで子供を怒るとは一体どういうことか?
恐らく論理としては…解析不能だが、「やさしく教えてほしい」とか「学校は美容院のようなサービス業だ」と言いたいのであろうか?
自己管理能力を教えてもらえない子供は不幸な人生を辿るであろう。また、せっかく教育費を支払っているのに、「子供の教育を放棄」させるのは…
しつけをした事ぐらいで先生を怒るとは一体どういうことなのだろう?
…ちょっと、分析出来ない…
つまり、問題は提言の内容なのだ。恐らく困難なのであろうが、提言の内容が「客観性を欠いていない」「教育現場に必要なこと」であれば良いのである。
…これを理解するのは、困難ではあろうが…
いじめによる自殺を隠蔽しようとする傾向もみられる今、「現代の保護者は皆モンスターペアレントだ」で、片付けさせてはならないだろう。今は理不尽な物申しでマスコミを喜ばせている場合ではないはずである。
…これを理解するのは、困難ではあろうが…

(挫折したな〜…)
義務教育の意味

日本は、国の方針として義務教育を課している。教育水準を上げる事は、ダイレクトに国と国民の利益に直結するからである。
確かに、日本の政治の信頼が失墜したことも問題ではあるが、だからこそ個人の「道徳」の能力は必須となっていくのである。学校教育を妨害している場合ではない。
人は、経験し、体験し、成長していく。そして非常に厳しい「社会」の中で生き延びていかねばならないのである。その社会での必須能力は何かを考えた時、コミュニケーション能力は外せない項目であろう。
分かりやすい例を挙げれば、会社では、或る一定の水準までは、「能力」のみでも出世出来るが、その水準を超えた時、「人望」が必要になっていくのである。
人の痛みを知らない人間は、「人望」を集める事は困難である。
それどころか「迷惑行為」が何かを教わらなかった子供が辿る未来を考えた事が御有りであろうか?
子供を叱れない教師を育て続ける、今の状況は、結局何事でも「一流」にはなれない子供を量産する状態に等しい。
うちの子を叱るな!
うちの子を中心に考えろ!
うちの子を保護しろ!
これは、つまり
うちの子を教育するな!
こういっている事に等しいのである。
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