【戦争】戦争の是非(後)
はじめから読む
しかし、現実的に、現在の世界で戦争を無くせるかといえば、それはNOである。不可能である。
世界の警察を自称するかの国家も、結果的にはある程度の均衡を保つ役割をになっている。彼らがその大役にふさわしいかどうかは、別問題ではあるが…
例えば、明日から武器を無くしていきます。なんていっても、徹底的にかの国は攻撃され、後ろ盾を失った国は次々に、第二の世界帝国に飲み込まれていくだけである。
そうなのだ。国を作るのは、そもそもが人間なのである。
もし、諍いを無くしたいのであれば、一斉に人間全員一人残らず、「欲」を無くさなければならないのである。
つまり、人間の存在そのものこそが「元凶」なのか。
どこかの精神的な漫画のようだが、そうではない。
欲をカットしてしまえば、それはもはや人間ではなく、また別のモノということになる。
欲は必要なのだ。欲があるから、人は、いや、生き物は生きていくのである。
では、最後の意見を考えてみよう。
実は、先ほどの章は、「人間は元来が好戦的だから」の考察結果である。
理性のほうを考えていこう。
戦争を無くす。これは、現実的に不可能に近い。しかし、行く行くは武器を無くし、世界中で仲良くしよう。
なんて、綺麗ごとでは済まさないので安心して欲しい。
本当のところ、画一化して、精神的に去勢された人間社会などつまらない、味気ない物に違いない。そんな世界では生きて居たくないかも知れない。
人は失敗して成長を重ねていく物だ。そして大いに競争すれば良い。しかし、実は協力して何か大きな物を作り上げる力も持っている。
そうなのだ。もし仮に世界中が協力して助け合った時、どれほど巨大なプロジェクトを完成できるのだろう。どれだけ途方も無いことが出来るのだろう。
所詮人間等、ちょっとだけ賢いだけのサルの仲間である。お金や権力が欲しくて、人を惨殺することもあるだろう。しかし、これだけは頭の片隅に留めておいてほしい。
世界中が協力すれば、とてつもないことができる。
いくら人間が理性、理想を掲げても限界がある。それが無茶な要求であればなおさらなのである。正義や思想等も、人の数だけある。
闇雲に戦争反対を訴えるのではなく、理解する事からはじめよう。現実にいま、銃で脳をぶちまけらて倒れている人もいるのだ。武装車に、道路で踏み潰されて、平たくなった蛙のように、踏み潰されている人も居るのだ。
そして、今あなたが、即実行する必要は無い。頭に留めておくだけでいい。
人は協力し合った時、本当に強大な力を得る事が出来る。昔、巨大なマンモスを、小さな二本足のサル達が狩ったように。
そして、協力して何かを成し遂げた時は、一人で札束を掠め取った時より、幾倍もの快感を得る事が出来るだろう。
…結局許容しちゃうの?戦争…
許容は出来ないかな…個人的には。ただ、単純に戦争反対を掲げても意味はないかなぁ。どう理解を深めて、どう興味を持ってもらうのか。
理想と現実はなかなかね。ただ、戦争の「現実」を、客観的に直視できる人をどれだけ増やせるかが、この問題を考えていく鍵かな?
冴子さんはどう思うの?
う〜ん…
まあ、一言で言えば、
「男の子はバカ」
ってことかなぁ。
…ごもっとも……
戦争を現実的になくせるのか?
しかし、現実的に、現在の世界で戦争を無くせるかといえば、それはNOである。不可能である。世界の警察を自称するかの国家も、結果的にはある程度の均衡を保つ役割をになっている。彼らがその大役にふさわしいかどうかは、別問題ではあるが…
例えば、明日から武器を無くしていきます。なんていっても、徹底的にかの国は攻撃され、後ろ盾を失った国は次々に、第二の世界帝国に飲み込まれていくだけである。
そうなのだ。国を作るのは、そもそもが人間なのである。
もし、諍いを無くしたいのであれば、一斉に人間全員一人残らず、「欲」を無くさなければならないのである。
元凶はすべて人間か
つまり、人間の存在そのものこそが「元凶」なのか。
どこかの精神的な漫画のようだが、そうではない。
欲をカットしてしまえば、それはもはや人間ではなく、また別のモノということになる。
何かを食べたい。何かを知りたい。権力が欲しい。恋人と幸せになりたい。お金が欲しい。誉められたい。うんこがしたい…
欲は必要なのだ。欲があるから、人は、いや、生き物は生きていくのである。
理性と感情
では、最後の意見を考えてみよう。
- 人間は元来が好戦的だから
- 理性で解決出来ない等、ただの馬鹿
実は、先ほどの章は、「人間は元来が好戦的だから」の考察結果である。
理性のほうを考えていこう。
戦争を無くす。これは、現実的に不可能に近い。しかし、行く行くは武器を無くし、世界中で仲良くしよう。
なんて、綺麗ごとでは済まさないので安心して欲しい。
本当のところ、画一化して、精神的に去勢された人間社会などつまらない、味気ない物に違いない。そんな世界では生きて居たくないかも知れない。
人は失敗して成長を重ねていく物だ。そして大いに競争すれば良い。しかし、実は協力して何か大きな物を作り上げる力も持っている。
そうなのだ。もし仮に世界中が協力して助け合った時、どれほど巨大なプロジェクトを完成できるのだろう。どれだけ途方も無いことが出来るのだろう。
所詮人間等、ちょっとだけ賢いだけのサルの仲間である。お金や権力が欲しくて、人を惨殺することもあるだろう。しかし、これだけは頭の片隅に留めておいてほしい。
世界中が協力すれば、とてつもないことができる。
いくら人間が理性、理想を掲げても限界がある。それが無茶な要求であればなおさらなのである。正義や思想等も、人の数だけある。
闇雲に戦争反対を訴えるのではなく、理解する事からはじめよう。現実にいま、銃で脳をぶちまけらて倒れている人もいるのだ。武装車に、道路で踏み潰されて、平たくなった蛙のように、踏み潰されている人も居るのだ。
そして、今あなたが、即実行する必要は無い。頭に留めておくだけでいい。
人は協力し合った時、本当に強大な力を得る事が出来る。昔、巨大なマンモスを、小さな二本足のサル達が狩ったように。
そして、協力して何かを成し遂げた時は、一人で札束を掠め取った時より、幾倍もの快感を得る事が出来るだろう。
本日の回答
戦争が「悪」と言うのは、ある種理想主義的なモノの見方です。
それより、現実を見つめ、頭と知恵を使って、みんなで協力する事で得られる「利益」を説きましょう。
それより、現実を見つめ、頭と知恵を使って、みんなで協力する事で得られる「利益」を説きましょう。
…結局許容しちゃうの?戦争… 許容は出来ないかな…個人的には。ただ、単純に戦争反対を掲げても意味はないかなぁ。どう理解を深めて、どう興味を持ってもらうのか。
理想と現実はなかなかね。ただ、戦争の「現実」を、客観的に直視できる人をどれだけ増やせるかが、この問題を考えていく鍵かな?
冴子さんはどう思うの?
う〜ん…まあ、一言で言えば、
「男の子はバカ」
ってことかなぁ。
…ごもっとも……
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そうかあ、戦争はなくならないのかなあ?・・・・、残念だなあ。でも、そう思う人が沢山いれば、いるほどそうなるかもしれませんし、う〜ん・・・・・。
世界中が協力すれば・・・・・、ではエコはどうでしょう!?感心が集まっている「地球にやさしく」というよくあるテーマですが、だめかなあ?
たしかに武器を捨てれば、持つ奴がいて、また何処かの国同士が覇権を争う結果になりますからね。
すみません、「続き・・・」は支離滅裂で。
自分なりにもう少し考えて見ます!
本心から残念で仕方ありません。
実は、今回のエントリーには「穴」があるんです。
「協力」と言いましたが、仮に世界共通の「目標」を見つける事が出来たとしても、確実に「競争」して、いち早くその目標を達成する事によって得られる利益を「独占」しようとするものが出てくるでしょう。
…結局「理想論」しか、提示出来ませんでした。
どうか、戦争を確実に排除できるアイデアを考えて欲しいです。
あるいは、人間や生物のその「性」を否定するのではなく、まず、認める事からはじめなければならないのかも知れません。
共感するのは、「確実に「競争」して、いち早くその目標を達成する事によって得られる利益を「独占」しようとするものが出てくるでしょう。 」です。
確かに、そう思うし、サキさんの言葉に感心すると同時に、人間は嫌な動物だなあーと。
もちろん、良い面もありますが、それひっくるめて人間なんですよね。
前編と後編のお返事が、ただただ興味深く、生意気言うようですが、感心するばかりです。
昔はすべてマイナスに捉えて、世界が暗闇のように感じていたんです。当時は絵の「修行」をしているつもりだったんですが、本心は絵に「逃げて」いたんです。
あるときからですね〜…ふっと馬鹿馬鹿しくなって、自ら律せず、思うようにやってみたんです。
プラスに考えれば、プラスにかわりますよね、本当に。
調子に乗って、人の為だけに動いてみたら、ほんとに自分に返ってきます。楽しい事、うれしい事は、やっぱりみんな好きなんですね。まあ、返ってくるといっても半分ぐらいですけど。人間て、環境破壊はするし、最悪だと思ってましたが、最近はおもしろくて。
セレブぶってますけど、奴等、サルですね、やっぱり。サルはサル。愛すべきサルですよ。私もサルの末席にでもいれてもらいます。。。
VcCSさん、またきてくださいね!
核の抑止力によって一時的にでも平和が築けるのならば、世界中にあえて核兵器をバラ撒き、しかもそれを連動させる。
誰かが核のスイッチを押せば押した本人も含め、連帯責任で人類全滅。
そういう極めて危険な状況を作り出せば、人種が違おうが宗教が違おうが相手がキレて暴走しないようにお互いに配慮せざるを得ない。
そういう綱渡り的な平和の作り方も方法論としてはあるかもしれません。
実際にやってはいけませんが…
日本も単純に戦争放棄を訴えるだけでなく、例えば日本各地に「据え置き型の核兵器」を設置した上でその他の軍備を廃棄し「攻めて来ても良いよ、その代わりアンタも道連れにして国全体で自爆するから」という過激な考え方を持ってみるのも抑止力という視点で見れば一つの方法かもしれません。
もちろん本当にやってはいけませんが…
現在の国際情勢の中で平和を訴えるなら、これくらい極端な発言でもしないと平和は実現はしないかもしれません。
そちらのブログに私のブログへのリンクが張られているようなので、こちらからもリンクさせていただきました。
今後ともよろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします。妙に共感する部分と、深度がほどよく、発想の転換も面白くて、リンクしてました。
面白いですね、核の抑止力を各国にですか。いっそのこと、個人に抑止力を与えてみてはいかがでしょう。
いや、実際にはやってはいけないとおもいますが…いや、そんなことをしたら、すでに滅亡してそうですが…
なんだか、でも、そうですね。強大な抑止力を制御するには、高い精神力と各地の客観的な道徳観を持っていないと、危険だってことが見えてきますね。
力を持つ為には責任が伴うわけですか…
そもそも、持つ国、持たざる国が存在してしまうと言う時点で、ゆがんだ社会構造が出来ているのかもしれません。
逆に、これこそが、歪みではなく正常な社会構造なのかもしれませんが…改良の余地はまだまだありそうですね。